少年ハリウッド 第6話メモ

一斉無料配信中に自分用メモ残しとこうという記事です。

 

あくまで自分用メモなので断片的ですし、

第10話まで視聴してから振り返っているので思いっきりネタバレです。ご了承ください。

 

(12/14 小説版、BDブックレット読了後の追記あり)

 

 

第6話「雨の日の居場所」

 

しょうもないことでも、キラが自分でやってみようという気になってるのと、

それが楽しそうなのがいいよねえ。

 

背景いっつも綺麗だなって思ってみてますが

この回の商店街のリアルさが日常生活との地続き感がして好きです。

コロッケ食ってちらっと通行人の学生見て「何してんだろ、俺」って言うマッキーの普通っぽさが

そこにしっくり来てる。

 

マッキーは第4話で練習の時点で元子役のキラのしっかりさに比べ

自分は出来てないという思いがあった上

実際の舞台で台詞が飛んでキラにフォローされる事態になって、

自分はリーダーなのに、と自信を無くしちゃってる。

第6話の冒頭でもキラの吹っ切れて前に進んでいる姿を見て

さらにそれが進んでしまったのかな。

 

そしてそんなマッキーとの居場所についての会話をきっかけに

カケルも自分の居場所が自分で決めたものなのか、

誰かに決められたものなのか考え始めてる。

その場面にカケルの家での風景が映し出されて

「お気に入りのソファの位置がある妹」とか

「収まるべき場所を探しているパズルのピースを持つ父親」が自然に入っている。

第6話でキラの、マッキーの努力に気付かされたカケルの

焦りや落ち込みが第7話で描かれていく。

活動によるメンバー達との交流や成長に触れ、

メインの語り手であるカケルのターニングポイントが

ちょうど全体の真ん中で来る構成になってるんですね。

 

マッキーが不用意に

自分はキラほど才能がないから少年ハリウッドをやめると言ってしまった事が

キラを怒らせてしまう。

キラのすさまじいまでの子役時代の努力と、

それでも成長したら見向きもされなくなった現実が話される。

キラ「僕の居場所はね、ここにしかないんだよ」

カケル「自分が、居場所…」

キラ「だから磨くんだよ、自分を。たったひとつの居場所だから」

元子役だからプロ意識が高い、だけにとどまらず、なぜそうするのか、まで考えられている。

幼い頃からプロとしてやってきた実力とプライドがあって、

だけどそのせいで「自分がどうしたいか」という所にずっと気付けないで

気付いた今、子供っぽいことでもくだらないことでもなんでもやってみたがっている。

そういう両極端にも思える特徴でも、ちゃんと考え抜かれて作ってあるから

キラというキャラクターの中に無理なくブレることなく収まっているんですよね。

 

ここの会話をシュンが聞いてたら第9話の展開にならないんだろうな。

 

理解が深まって仲直り、はいいとして、オイきっかけえええ!

このシリアスとギャグの振れ幅よ!にもかかわらず綺麗に1話に収まっている力量よ!

芳香剤だから「空気を変える」って、それをいい話に落とし込むって、

アクロバティックすぎでしょ(笑)

 

みんながタラタラ歌ってる「ハリウッドルール1・2・5」好きよ。

 

「あ、なんかもう口の中まで

 スパイシーフローラルフルーティー体育館みたいな香りがしてきた…」

「アロミングマッキーが来たぞー!」

本人カッコいいキャラで行きたい割にシュンシュンの語彙力が素晴らしすぎる。

 

EDの昭和歌謡メロディと、かつてなくキメ顔のカケルとマッキーと、

存在感ほとばしるハイパーアロミングデラックスのコンビネーション!

やめて、も、お腹よじれる(笑)

 

そのくせテレビ放送の時のエンドカード

沢山のモノクロの背景の寄せ集めで

真ん中に一つ、ハリウッド東京の背景だけカラーだったのが泣かせる。

 

 

 

小説版、BDブックレット読了後追記(よりネタバレです):

 

 

 

本当に今さらなんですが、各自の担当回って「自分が本当にどうしたいのか」を

気付き、外に出していく回だったのだなと思いました。

人によって比重が重い所が「自分が」の所だったり「本当に」の所だったり違うんですが、

第6話は特に「『自分』がしっかりしてないのに居場所もくそもあるかい!」と

マッキーがキラに精神的ビンタ喰らう話だったのだなあと。

 

その辺、最初からはっきりしていたトミーの担当回は一番最初に来るし、

何でも受け入れるけど、からっぽで受け身だったカケルは第7話や第12話と

時間をかけて周りの人にたくさん力を貸してもらいながら、となったのかな。

トミーのソロCDが一番最初に出されたのもそういうことなんじゃないのかと

想像膨らませてもしまいます。

 

人に突きつけられたり、自分の中で逡巡したり、過程は異なっても

最後、その人が自分が本当にどうしたいかを発した時、この作品はいつも暖かく迎えます。

黒柳監督がブックレットの中で書かれている

「何かを選択したその瞬間だけは祝福があっていいんじゃないか」

という思いの演出は作品全体に満ちていて、

見た後いつも私の胸にも暖かい感触を残していってくれます。

こういう所も含めて私はこの作品が好きになったんだよなあ。

 

この何かを選択した瞬間、というのは「その夢を選択した瞬間」も含まれると思うんです。

だから結果がどうあれ、第5話の追記で書いたように、

夢を抱くこと自体を光と描いていることとも繋がっているような気がします。

 

そしてなぜ自分がどうしたいかを重視するのかという所は第4話の追記で書いたように

シャチョウの過去の経験とも繋がっているからではないか…と

少年ハリウッドについてはあちこちに思いが飛んでなかなかまとまりません。

考えるのは楽しいんですけど(笑)