少年ハリウッド 第18話メモ

少年ハリウッドの感想メモです。

第1期(第1話~第13話)視聴済み。

小説版の内容に触れることもあります。ご了承ください。

 

 

「サプライズケーキは想像外」

 

第9話:「俺はこんなもんじゃねえ!」

第18話:「俺はこんなもんだよ…」

 

あーもう、なんなんだよこの思春期真っただ中のめんどくさいボーイはよ!(笑)

アイドルの形ができるまでも大変だったけど、

一通り形ができたらできたでそれに囚われてしまう難しさもあるのでした。

 

第13話や漫画版で辿りついた境地はどこ行ったんだと思ってしまうような

冒頭からのシュンのくすぶりっぷりですが、

ひとつ気付きがあったからといって、それで悟れてしまう訳ではなく、

行きつ戻りつ、進めば進んだだけ、その場所での悩みが生まれるのは

誠実に成長を描こうとされているからこそなんでしょうね。

 

カケルは心情的に視聴者に近い一面を持っていますが

シュンは状況的に視聴者に近い一面を持っています。

自分の一番なりたいものとは違う場所に居なければならず、

そこでなんとかこなして行ければ「自分はこんなもんだし、この程度でいいだろう」と

適当に見切りをつけてしまう。あれ、書いてて耳が痛いぞ。

それ以外にも、何も知らなかった頃のように無邪気に可能性を信じることもできず

自分の見聞きした範囲だけで自分と世界を判断し

舐めてかかったり斜に構えたり鬱屈したりなんてのも

まー、思春期を体現した行動の数々で、いや思春期に限ったことではないんだけど、

私を含め多くの視聴者が自分を振り返って「勘弁してくれ…!」と

懇願してしまうんじゃないかというような痛さが満載でした。

それは身近であるがゆえにより痛いということなんでしょう。

でも辛かったよ!

あまりに辛かったから今回の話を数年後のシュンに見せてやりたいと思ったよね(笑)

 

シュンが自分を、ファンを「こんなもんだ」と判断して行ったパフォーマンスは

総スカンを食らうことになりました。

(それでもピンクのサイリウムだけは振られていたのでシュンのファンは優しい)

勝手に見くびるな、とファンから言われたようなこの場面は

鏡映しのように、シュンがシュン自身をこの程度と思いこんで見くびるなと

言われた場面でもあるように思いました。

シャチョウにあなたはこの先こうなる、と言われて反発したのは

何よりも彼自身が自分を決めつけている自分に不満を持っていたからなのではないか

とも思います。

 

そんな彼をシャチョウは

以前抱いていたダンサーという夢とは違う道へ進んだランの元へ向かわせます。

そこで「夢破れて違う道を選んだカッコ悪い大人」というシュンのイメージは

「叶わなかった夢をエネルギーにして違う道で輝く大人」と変えられることになります。

「夢とキラキラ」という言葉はこの作品にとって重要なものです。

この作品に出てくる夢は信じれば必ず叶うものとはされていません。

それでも登場人物たちの支えとなっているのは、その人たちが抱いた夢に対して

意識を輝かせ続けているからなのだと思います。

叶わなかったエネルギーがその道を進む自分を後押ししてくれると思うからこそ

今のケーキ屋という道を想像もしなった自分の可能性としてとらえられるからこそ

かつて抱いた夢は支えとなり、今のランはキラキラしている。

シュンがどう思おうと、外から見たランの現状って変わらないんですよね。

しかしどういう意識でもってそこに対応していくのかで世界は変わる。

ひとつ学ぶことのできたシュンは、ランのキラキラを受け取ることができたシュンは

また自身を輝かせることができ、それがファンを輝かせるかもしれない。

シュンの今回の「勘違いしちゃった大物じみた振舞い」は

最初と最後で同じような事をしていても

自分はこの程度だという想像の打ち止め地点から

もっと大きくなる可能性を秘めたスタート地点へと意識が変わっている。

母親に飽きっぽいと言われたシュンの夢はこれからも変わっていくのかもしれません。

夢は大切。叶おうが叶うまいが、どの地点に居ようが、支えになってくれる。

しかしそのためには同じくらい今の自分の意識を輝かせ続けることが大切、

という回でもあったのかなと思いました。

 

 

シュンがランにケーキではないバーズデーケーキをお願いする場面、

二人の顔が交互に映しだされるのは

あまりスムーズでない感じがして引っかかっていたんですが

他の方の感想で二人を重ね合わせるように演出されているのかも、という意見があり

ハッとしました。

それを見て一番望んでいた場所ではない所に居る、という共通点以外にも

ランとシュンは性格的にも似ている所があるかもと思いました。

小説版では少年ハリウッドに誘われるも戸惑うランに

テッシーが今後普通の人生を送るかもしれないんだから

この機会にステージに一度くらい上がってみてはとハッパを掛けるシーンがあります。

ランはなぜかその普通の人生を送る自分を即座に想像できてしまい

反発してステージに上がりシャチョウに声を掛けられます。

ランもシュンも本当は自分の可能性はそんなに大きくないんじゃないかと思いがちで

でも人に自分の可能性を決めつけられれば反発したくなる気の強さは持ち合わせている。

リーダーという役割を与えられたり、ファンに素敵な服を買ったりするイメージを期待されれば

それに合わせようと自分を大きくする努力ができる。

飛び込んだ場所が思ってもみない所でも、目的を見つければ努力ができる所が

共通しているかもと。

 

あと余談ですが小説版ではランが小物集めが趣味で

有名になったらサングラスとかも欲しいなとコウに話すシーンがあって、

コウが「いつトップアイドルになってもいいように今から集めれば?」とか

返すシーンがあるんですが、シュンを導いてくれた二人が

今回のキーアイテムであるサングラスについて話してるのが面白いですよね。

トップアイドルのイメージなんだねサングラス。

それをシュンはそれよりもっと大きくなる可能性があるかも、と思って掛けるんだよね。

最終的にはメンバーみんなで(笑)

小説版を知っていなくても十分楽しめますが、知っているとこんな本人たちですら意識してない

バトンタッチのような場面を見つけることができて楽しいです。