少年ハリウッド 第23話メモ

少年ハリウッドの感想メモです。

第1期(第1話~第13話)視聴済み。

小説版の内容に触れることもあります。ご了承ください。

 

 

「正しさと正しさの狭間で」

 

いやもう、アバンから胃にズンッ…と来ましたよね。

 

初代少年ハリウッドがシャチョウの死をきっかけに解散という道を取らざるを得なかったのは

初代がシャチョウの結界の中で守られて生きて来たからでした。

新生が初代の成し得なかった「永遠に続くアイドル」を実現するためには

いつかシャチョウの手の中から飛び出さねばならない。

しかしそれは成長の結果、彼ら自身が選びとる道としてそうしてほしい、

「今」の新生メンバーとシャチョウとテッシーとキャット(とバイト君)に対する

22話かけて培ってきた愛着から私はそう思いました。

新生メンバーがシャチョウの手を離れて歩むことになっても

シャチョウにはその姿をハリウッド東京で見守ってほしいと。

今回のラストシーン、シャチョウが鞄を抱えハリウッド東京から離れていく場面は

真相がどうなのか今の時点では分かりません。

が、もしシャチョウが新生メンバーを手放すことで

シャチョウの結界で守られなくても生きていける存在にしたいと思ったのだとしても、

視聴者としてはそんなやり方して欲しくないと思ってしまうんです。

そう思うと同時に、今回トミーが恐れていたように

それが「自分の知る少年ハリウッドだけがこれからも少年ハリウッドでいて欲しい」という

シーマの想いとも同じであることを突き付けられてしまう。

シーマには反感と疑問を抱くと共に、彼の想いもまた報われてほしいと思う。

新生メンバーも見ている私も正しさと正しさの狭間で揺れ動くことになりました。

 

少年ハリウッドはこれまで異なる意見を対立させて描いては来ませんでした。

握手会が正しいか正しくないかではなく、

そこに将来自分たちが本物になるための種があるとしてきたように。

今回もただ対立している訳ではないから余計苦しいのですが

今まで彼らが見つけて来たように、この出来事から違う意味を見出すこと、

それが今回も突破口となるような気がします。

 

シーマは今回新生メンバーのことを個別の名前で呼んでいません。

「センターくん」「最年少くん」「新生トミー」

シーマにとって新生メンバーはシャチョウに作られた初代の代替物、

初代を殺す者にしか見えていないのでしょうか。

彼ら自身が今、自分たちの意思で少年ハリウッドであるという姿を見せると同時に

シーマがそれに気づかなければならないのかもしれません。

自分たちの足で「少年ハリウッド」として立つこと、

それはやはり結果的にシャチョウの手から飛び出すことになるはずです。

そして初代トミーが新生トミーの決意を聞いて自分がアイドルであると認識したように

新生メンバーが少年ハリウッドでありつづけることによって

初代の姿もまた光り輝くのだとシーマが感じてくれればいいのに、と思います。

「君がそこにいる 今が強い」ことをどうか見せてほしいと願います。