コンクリート・レボルティオ第13話感想 叶わないから美しい幻想なのか

コンクリート・レボルティオの第13話の感想です。

これまではツイッターで書いていたんですが長くなりすぎたのでこちらに。

第12話までの感想をまとめたものは

トゥギャッター→ http://togetter.com/li/911882 にあります。

 

登場人物、とかその人、と書いていますが、

特に他の存在と区別して書いている所以外は

この作品の感想においては人間以外も含まれてると思ってください。

 

 

騒ぎを起こしたいだけのような学生の中には親から受け継いだ正義が宿り

自分の力の使い道を探す者もいる。

人の可能性を守るためという理由で信念をひるがえし、なお人を手にかけ続けるものがいる。

全ての超人のためと謳った彼の底には選ばれなかった者としての恨みがあった。

それぞれの中に身勝手な想いと崇高な正義が混ざり合い、

単純に「これが絶対」と心を寄せられるものはいません。

結局世の中は誰にも裏があって

自分の想いを通すためには人を傷つけても仕方ない、それが世界の仕組みだ、

でもそれが全てなんだろうか?人を動かすものはそれだけ?

人々がぶつかりあう新宿の街で答えと、その先が少し示されたと感じた第13話でした。

 

爾朗は真実の一端を知り、自分の甘さを指摘されながらも

「それでも」と、正義の味方でいたいという幼い頃から彼の支えとなった想いを語ります。

それは叶わないから美しい幻想なのか?

これまで登場した人達が爾朗を助けたことからも決してそうではないと描かれています。

しかし、その美しさはたやすく失われがちで、幼いままでいては守りきれないものです。

爾朗の存在こそが今彼を切りつけている恨みという刃となったのだと言うように

エクウスから奪った剣で切りかかるクロードを結果的に爾朗は暴走する力でねじ伏せます。

その方法しか取れなかったということが幼いままで理想を抱き続けることの限界として

同時に描かれたのだと思いました。

第2期の予告の中に「君たちは、正義を語るには幼すぎる」という言葉が出てくることからも

幼い頃に抱いた想いを守るために

エクウスから降り自分の足で歩み始めた爾朗がどう成長するのかが

今後描かれるのでしょうか。

 

幼いままでは失われる、

綺麗事は実現しないと諦め自分の想いを押し通せば人は傷つくばかり、

何が正しいのか分からなくなって分かりやすいものに飛びつき全てを託してしまっては

誰かに利用されてしまう、

この作品が繰り返し描いてきた正義のはかなさ、危うさです。

それに加え、第1期の終盤では暴走した時の恐ろしさが描かれました。

それでも人は求めずにはいられず、誰かに、何かに、自分の中に見つけた時

確かにそれが光となることもある。

扱いの難しいデリケートな、時に怪物のようになるその想いをどうしていけばいいのか。

言葉にしてしまえばありふれていますが

幼い想いを忘れないまま、他人と手を取れる大人になることなのかな、と思います。

子供と大人、というテーマもこの作品で何度も出て来たものなので。

相手を英雄にしたり悪魔にしたり怪物にしているのが

自分の目なのかどうか見極める姿勢を忘れずに。

まあそれが難しいんだよね!っつう話ですよね!

 

現実世界のオマージュやモチーフがたくさん用いられているこの作品、

絵として分かりやすく超常の力でぶつかる登場人物たちを何かの代弁と読むこともできますが

それだけでなく、できるだけその人がその中で何を思ったのかも大事に

第2期も見ていきたいと思います。

選択もその結果も何かの代弁としてではなく、その人が行ったものだと思うので。

 

 

 

以下は登場人物たちについて個別に思ったことなどを。

流れでまとめようと思ったけどまとめきれませんでした!

 

輝子の幻想の姿に近づこうとする、

それは幼い頃天弓ナイトに憧れた爾朗にとって、かつての憧れの対象に自分がなるような、

輝子と重なる幼い頃の自分の夢を自分で叶えるようなもので

彼にとって強い引力を持っているのだと思われます。笑美はそのことを分かっていた。

合わせてそれが他ならぬ輝子が求めていたもの、というのが笑美をいらつかせてました。

今までもザ・女という感じの言動がバリバリだった笑美ですが、

爾朗を守り、愛し、しかし彼が人の想いに応え今以上のものになろうとする事を嫌がる、

外の世界から守ってくれるけど自立を阻む

心理学用語のグレートマザーのような面が見られました。

彼女からも離れたことはやはり爾朗の成長の一歩だというように見えました。

輝子ちゃん応援派の私としては

「爾朗が事情が事情とはいえ何も言わずに去って悲しませてるのはよろしくないが、

輝子ちゃんのことを一番に思ってしたというなら、まあ…まあよかろう!」

という感じです(何様)

 

輝子の分離した魔界の女王としての部分はあれは単体で存在できるものなんでしょうか。

女王の部分の今後の扱いも気になりますし、

本来持っていたものが取り除かれてしまった輝子というのも

それはそれで偏りが生じて危ういような気がします。

個人的には彼女自身でコントロールしてほしかった気持ちもありますが

なんといっても恋心ゆえの暴走だしね…しようとしてできるものでもなかったのかな。

 

何かに反応する様子が描かれた後、機能停止となっていたアースちゃん。

今回明確に助けを呼んでいたのは「誰か爾朗を助けて」という笑美の声でした。

爾朗を助けるために各地の超人を呼んだのがアースちゃんに思いを馳せていたジュダス

ということから、アースちゃんは笑美の声に反応したのではないでしょうか。

(アースちゃんとジュダスが連絡を取っている場面が描かれてないため

どの時点で機能停止になったのかは謎ですが。)

かつて「人の助けを呼ぶ声に自動的に反応するように作られた機械人形」呼ばわりしていた

笑美をも助けるアースちゃんの機械であるがゆえの純粋な正義が再度強調されると同時に

真っ直ぐな幼い正義のはかなさがここでも描かれていたのかもしれません。

 

柴刑事の好感度がどんどん上がるんですが…

子供は守らなければいけないという真っ直ぐで優しい気持ちを持ちながら

立場のためそれができていないことを気付かされる姿が悲しいです。

立場を越え、自分がすべきと思うことをした風郎太に触発された部分もあると思いますが

どうしてテロリストになったかの理由は今回だけではまだ不十分に見えます。

さらにもうひと押しするような出来事が第2期、またはそれまでに待っているんでしょうか。

辛いな…

 

悲劇に翻弄され幼い理想を失ってしまったクロードは

まるでぶちまけた己の内面に飲まれるような最期を迎えました

(ひとまずは、という所かもしれませんが)。

そこには最初に登場した時のような理想を掲げた姿はもはや無いように見えます。

しかしそれでも、そんな姿を見ていた南君(超能キッカー)が

エクウスを止める手立てを敵対していた超人課のジャガーさんに尋ねたのは

扇動されて動いたことを後悔したという他にも、クロードの言葉によって芽生えた

「超人は戦うだけでなく手を取り合い世界を変えることができるはずだ」という思いが

彼に残っていたからと思うのは甘い考えでしょうか。

根本にあったのは恨みで、それを覆い隠すために掲げた理想であったとしても

本当に誰かの理想となって根付くことがあるかもしれない。

闇にも光にもなりうる、幻想の多面性を私はこの場面に感じました。

たくさんのオマージュが用いられたこの作品で

クロードはその姿を、超能キッカーは変身ポーズを

仮面ライダーから分け合っているようにも見えたので

志も引き継いでいる部分があるのではないかとも思ったのです。

 

博之くんがガゴンっぽいマスコットかなにかを身に付けているのが泣けますよ…

幻想と殉ずるのではなく、ひとつの幻想が終わった後も、

しかしそれを忘れずちゃんと生きる彼の姿が描かれたことは

何か指針のような気がしてしまいます。

心の内は分かりませんでしたが、それでも彼は爾朗を助けるために

一緒に歌ってくれていたんですよね。

 

一人の身の内に留めるにはあまりにも大きい力を持っていることが判明した爾朗。

今回の暴走は彼が語った理想に心寄せてくれた人々の力で治まりました。

しかし彼に心寄せる人の理想に応えようとしてまた暴走する可能性を秘めている。

そんな制御しなければいけない恐ろしい力を持つ彼自身がこれからは

「超人は管理されるべきではない」という立場で歩む。

様々なねじれと危険性をはらんで進むこの先を、

できればそれだけでなく、その内に秘められたものを見逃さず見守れたらと思います。