コンクリート・レボルティオ~超人幻想~ THE LAST SONG 第22話感想

「巨神たちの時代」

 

憧れが幻想が回り回って爾朗へと収束していくクライマックス、

彼の背負うものはあまりにも重く、だからこそこの先は

彼自身を含め光を掴んでほしいと願った回でした。

 

続きからネタバレ感想

 

 

前回に引き続き、クロードのヘルメットにより過去を、

自分のしてきたことと自分の存在によって引き起こされてきたことを知る爾朗。

なぜクロードという架空の人格がヘルメットに残されたかの説明は

一瞬納得がいくようで後から考えると「んん?」となってしまうような

山田風太郎作品の特殊能力の説明にも似た丸めこまれ感を感じなくもないですが、

私はクロードが好きなのでその辺はおかまいなしだ!

とはいえ、第1期の終盤で爾朗に新しい一歩を踏み出させるきっかけを作った存在である

という役割に満足感もあったので

このクライマックスになっての再登場を期待と不安の両方で見守っていました。

 

第13話で爾朗の全てを否定すると叫んでいたクロード。

彼の絶望は叶えられなかった願いから来ていました。

養子として選ばれなかった、だから守ってもらえなかった、助けは来なかった、

憧れの存在にはなれなかった。

その姿に今回明かされた爾朗の姿も重なります。結局は誤解だったとはいえ

恐ろしい怪獣を内に秘めた自分でも「正義の味方」にはなれるかもしれない、

その光を与えてくれた存在が自分と似た境遇の子供をさらう犯罪者だった、

しかもその人に「正義はないのかもしれない」とまで言われてしまった。

ここに彼らとは違い正真正銘ただの人間出身の東﨑さんの姿まで重なってくるのが、

超人と人間が混然となって来ている第2期の状況ならではです。

彼女もまた幼い頃に両親を助けてくれる超人が現れなかったことに失望しています。

理不尽だと分かっていても、何もかもを救ってくれる、

絶対的な正義を持つ超人がどこかにいてほしい、だけどそんな存在は現れなかった、

そう言って泣く心の中の子供に手を差し伸べる。

NUTSと戦う場面は東﨑さんと爾朗が重ねあわされていましたが、

ヘルメットで過去を見る場面でクロードの声で爾朗が叫んだり

クロードの憧れの超人の姿としてクロードの格好をした爾朗が描かれたこともあって

第1期の終盤では力で捩じ伏せるしかなかったクロード/神の悲しみに

時間を越えてようやく手が差し伸ばされてように見えて嬉しかったです。

 

 

ただ、あの時の問いに爾朗はどういう答えを出すのか、ということは

これから描かれるのでしょう。

生まれからして、戦争の兵器として作り出された忌まわしい力を持たされ、

それ故に閉じ込められ、自分をそんな目に遭わせる世界が壊れることを望んでしまう。

その恐ろしい願望を自覚しているから、より強く正義を求めているのに

想いの強さのあまり暴走し、希望をくれた人に手を掛けてしまった事実も知った。

何かをしても、何もせずとも存在自体が破壊を招く禍々しい存在である自分が

正義や超人に対してどう答えを出すのか。

彼のモデルやモチーフとなっている原子力ゴジラ

こちらの世界での存在感を考えると、

「恐れられながらも愛され、彼について考える時には同時に

対極にある正義を意識せざるを得ない」悪役を担うのかなとも思ったのですが

安易だし、第4・5話で超人課が既に取った方法とも似てるし

何より爾朗自身が救われない感じがして、これは嫌だなと。

今回東﨑さんを止めることで泣いている子供=自分にも

手を差し伸べることができた訳ですが、

根本的に自分自身を認め、許す道を見つけてほしいと思います。

爾朗の持つ力はとてつもなく大きいものだけど、

何でもできる全能感(全ての超人を救いたい)から

現実を知りその複雑さや大きさに打ちのめされ立ちすくみ

(超人課を出て世界を自分の目で見る)を経て

自分の限界や間違いを犯すことも受け容れ今できることをしていくっていうのは

誰もが通るような大人への道だと思うんですよね。

自分を救えてこそ他の人も救えるのだろうし、

それが彼の憧れた超人への姿へ近づくことでもないかと思うんです。

 

 

今回、人を救うための背中を押してくれたのが

子供のままの姿のオバケである風郎太というの、よかったですよね。

第17話でアップダウンが明かしていたように

オバケは人の心が生み出したものだということですが

そんな存在が背中を押してくれたということは、心の中の子供を肯定してくれてるようで。

BDのオーディオコメンタリーで風郎太はいなかったかもしれないと語られていましたが、

ホントに回を増すごと、展開が重くなるごとに

風郎太の悲しみを知っていながらも軽やかで優しい言動の数々に救われているので

いてくれてよかったなあとしみじみ思います。

いなかったらだいぶ展開も違うでしょうね。

子供だから、同じように泣いている子供にも気付くことができるし共感できる、

だけど手を差し伸べるのは大人でなければできない。

時に対立し相容れないもののように描かれることもあった「大人と子供」の関係に

希望が見える一つの答えが出た場面でした。

「子供」を切り捨てて進んだ先の「大人」ではなく、

「子供」を内に秘めたままの「大人」を選んだ道を

理想を追った末、現実的な手段を選んできたジャガーさん

微笑んで迎えてくれたのも嬉しかった。

でもあそこジャガーさんがアーラ操縦してもよかったんじゃ?

なんでわざわざ柴っちにやらせたの。面白いからいいけど(笑)

 

この場面が「チーム男子」で展開されてて、予告が笑美だったので

次回は「チーム女子」のお話になりそうです。

男性とはまた違う軸からの問いかけで爾朗を浮かび上がらせていくのだろうと

勝手に予想していますが、男子より手強そうだぜ爾朗。大丈夫か爾朗。

今まで甘やかされてうやむやにしてきたなんやかんやに

決着が着けられるのか爾朗。

 

 

以下箇条書きで色々

 

・これだけクライマックスで盛り上げる展開で重さもハンパ無いのにさ、

映画のニセ超人課が全力で笑わせにかかってくるのズルイですよ…

なにあれ…アフロはダメだって…

でも久しぶりに課長らしき人が見られて懐かしくて嬉しかったです。

うん明らかに課長じゃないけどよ。

 

・とにかく衣装のガードが固かった弓彦くんがあっさりパンツ一丁になってて

その意味でも「映画すげー」でした(笑)

 

・ジャッキーがヘルメット被って見る幻が

エンジェルスターズのみんなとまた一緒に歌うことっていうのが…!

大切だったんだね、忘れたわけじゃなかったんだね。

「歌ってもいいんだ」という台詞は、今の自分は一緒に歌う資格がないと

思っていることの表れで、

そこに正義を成す資格がないと思っている爾朗も重ねあわされてて、

短いながらもキュッとなった場面でした。

ナナもな、マリのこと気に掛け続けてたんだな…ってアキラはいいのか…

ある意味元気でいるけどなあの人。

 

・ヘルメットにクロードの人格が残っていることは里見も予想外だったんですね。

今回ではどういう経緯で彼が原子爆弾が落ちた世界を見てきたのか

分からなかったし、予想外の出来事が起こっても結果的に彼の望むような

超人を排除する方向へ世界は向かっているし、

まだまだ牙城が崩せんなあという感じだったのですが、

東﨑さんを処分しなかったこと、その後も東﨑さんがまだ一緒に行動していること

含め、私たちの知らない面が隠されているのかな。

 

・天弓ナイトの声優さんがEDにてとうとう公開されてましたね。

回想シーンで初めて「正義はないのかもしれない」というネガティブな言葉が出てきて

彼もいつも理想を唱えることのできる強い人ではなく、

等身大の弱さも持った人間であることが示され、

理想的な超人としての彼の幻想を追える時代が終わったことの象徴でもあるのかなと

思いました。

ただ単に最後の出演だったからかもしんないけど!そこはそれ、これはこれで。