志独歩

アニメーション監督・黒柳トシマサ氏による雑誌「図書」5月号掲載の「志独歩」を

遅ればせながら読みました。

舟を編む」主人公馬締の、ひとつのことを続けていく姿への共感、

そんな志を大切に思い、できうる限り正しく汲み取り伝えたいという

監督の作品作りの姿勢とその原動力について書かれていました。

 

私は積極的にクリエイターのインタビューを読む方ではないので

ひょっとしたら他の方もそうなのかもしれませんが、

黒柳監督の文章はとても読みやすく明確で、どんな考えがどう作品に反映されているのか

よく分かります。

明文化できるほど常に深く考えていることが分かる文章は

作品に込められたものを読み解くヒントにもなり、

またそれほど力を注いで来られたと知ってファンとして嬉しく思えるので

黒柳監督のお話を読むのは好きです。

 

監督はその仕事に関わる人ならではの世界の見方、ものの見方があり、

そこにその仕事を続ける「持続するエネルギーの根源」があると考えてらっしゃいます。

だからできるだけその世界を正しく伝えたいと思い、

簡単に分かった気になってはいけないと突き詰めて突き詰めて考える。

そこでしか得られない感情を安易に別のものに置き換えてはならないという姿勢は

過去の監督作品「少年ハリウッド」の第5話でも見られました。

本編中の映像は舞台上のみに限られ、役者の心情や裏方の様子は一切描かれません。

「作り手の解釈の拒絶」を行ったとBDのブックレットに書かれていました。

それほどまでにそぎ落とし、まだ足りないと監督が追い求める理由は

その世界、その視点を伝えることで受け取った側の世界の見方を変えたいという狙いがあるから。

監督自身が中学生の時受け手として体験したことを、作り手として発信したいという思いからでした。

そのためには作品の芯を外さずに捉え、伝えなくてはならない。

少年ハリウッド」を通し、まさに世界の見方を変えられた経験をした私としては

身にしみた箇所でした。

監督の狙い通りになったなあという、ちょっと悔しいような気持ちと

わずかながらでもきちんと受け止められたのだという気持ちと。

 

監督自身としてはどこに出かけても何を見ても作品作りに結びつくような見方をしてしまう

と書かれていました。

食事では食べているものよりも箸の持ちかた、コップの水の飲み方が気になると。

舟を編む」は辞書編集という地味な題材の中で生活感や仕草の細やかさが光る作品でした。

その人の性格や人生が表れたような姿勢や仕草、

ファッションへの興味の度合いが分かる服や持ち物、

血縁を感じさせる食べ方。

背景、美術、動き、演技、多くのものが彼ら彼女らの身近で手に取るような生活を感じさせてくれて、

そんな人たちが信念を持って長い時間を掛けてひとつことを成し遂げる様子は

私たちの日々も輝いて見えるような力をもらえました。

もちろんアニメーションは多くの人によって作られるものですが、

私が感じたものは監督自身の世界の見方の上に成り立つ「舟を編む」の世界だったのだと

あらためて気付かされるような気持ちでした。

 

監督の原動力となった世界の見方を変えてしまうような作品とは

受け手がちゃんと受け取ってこそなりえるものです。

文章の終わりには作品に限らず多くのものがあふれる今において受け手として

見直すべきことにも触れられています。

以前に比べてプロ以外にも受け手としてだけでなく作り手としての発信の機会が増えた時代です。

時に周囲の声から離れ、自分とその作品のよりよい向き合い方を見つめ直し、

作り手の志と真摯な呼応ができるようになりたいと、そんな風に思わされました。