さわやかサバイバー

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少年ハリウッド 第19話メモ

 少年ハリウッドの感想メモです。

第1期(第1話~第13話)視聴済み。

小説版の内容に触れることもあります。ご了承ください。

 

 

「渡り鳥コップSP ~水辺の警察学校番外編~」

 

ハイパーアロミングDXが2が作られるほど大ヒットした事実が

今回一番衝撃だったかもしれません…

深夜の通販番組での取り扱いから、ゴールデンタイムの番組中にCMするくらい売れたの…

ファンまで付いたの…あれ撒き散らしてんの…

 

 

第5話の「エアボーイズ」のようにほぼ全編トミーが出演したドラマを放送する回でした。

(BGMもエアボーイズと同じものが使われてましたね)

「エアボーイズ」が舞台でありながら演じる役柄には本人が投影されていたのに比べ、

今回の「渡り鳥コップ」では演じる人間とは違う人物や関係が投影されていた所も

あったように見えました。

これは第2期という視聴者が既に人物像や関係を把握出来ている時期だから可能なのだろうし

初代トミーと新生トミーという、初代と新生の中でも特に重なる所が多い二人だからできた演出

だったのだろうと思います。

具体的に言うと、初代トミーが演じるロック刑事の

後輩に憧れられる先輩という立場は初代トミー自身と重なる所ですが

彼もまた先輩の背中を追う後輩である所は新生トミーと重なります。

皮肉めいた、突如意味のつかめないことを言い出す所はシャチョウを彷彿させたりもしました。

幸運を呼び込む四つ葉のクローバーを見つける場面なんかは

少年ハリウッドの運気上昇担当」という二人両方に共通するイメージですね。

この場面、見つけたロック刑事は自分の事「アンラッキー」と言って

その横に居る奈良木が「ラッキー」と言っているんですが、後の展開考えたら

奈良木に会えたこともロック刑事にとっては幸運だったのかもと思えたりもしました。

「いつもの場所を離れて自分を見つめ直す」という第17話の新生トミーの辿った道を

ドラマではロック刑事が辿ることになります。

横道にそれますが、素では一人称が「僕」の二人が

ドラマでは「私」と「俺」だったのも面白かったです。

 

テーマ曲までしっかり作ってあったり、CM前に「渡り鳥コップ」のテロップが入ったり

相変わらず謎の本格的再現力を発揮しながら

話の本筋は結構突拍子もない展開してそのまま終わってしまうので

これ単体で見たら「なんじゃこりゃ」と思ってしまいそうです。

しかし話17話で撮影の裏側を見せていることで、そこで描かれたテーマとの対比ができたり、

これまで見て来た視聴者は放送時に意味不明だった台詞が

後々意味を持ってくることがあることを知っていることを製作者側も知っているという

これもまた、これまでの積み重ねの上での

これを出しても大丈夫という突拍子のなさだったなと感じました。

「ただのおふざけ」と思っていた場面や台詞がちゃんと意味を持ってきたりするのが

少年ハリウッドの恐ろしい所なので今回ももう全然油断出来ない怖い。

ミミズク教(笑)とか渡るべからず(笑)とか

もはや気軽に書けない体にさせられちまってるんだよダァン!(机を叩く)

 

 

「渡り鳥だって飛びたくて飛んでるわけじゃないかもしれない」という台詞は

少年ハリウッドを解散して別の場所へ行かなければいけなかった

初代のことを指しているようでもあるし

年齢が来れば養護施設を巣立たなければならない

二人のトミーの境遇を指しているようでもあります。

「新しい服を着た人間は街に溶け込めない」という台詞は

まだ認知度が低い新生メンバーのことを指しているのかなとも思います。

そんな感じで気になる台詞はあちこちに出てくるんですが

ドラマ「渡り鳥コップ」としても「少年ハリウッド」としても肝となるのは

クライマックスの「いなかった事にされている存在への想い」の場面でしょう。

初代がどれくらい人気を博したのか、今一つ掴めない感じではあるのですが

シャチョウは以前「少年ハリウッド」という存在が世間に忘れ去られていると言っていました。

その当事者である初代トミーに、

解散を決めた時、その言葉を恐れるように耳をふさいでいた初代トミーに、

「いなかったことにされている存在」について語らせるのは

ドラマというフィルターを通してもなかなか重いシーンだったなあと感じました。

新生トミー演じる奈良木が「俺が信じているからいいじゃないですか」と言い、

ドラマが結局奈良木が真実を掴むまで真相は解明されない、という終わり方をしたのは

新生の中に確かに初代の存在は確かなものとして根付いているが、

世間的に見て「少年ハリウッド」という存在が永遠に根付く存在になるにはまだ遠い、

ということを表しているんでしょうね。

ドラマの中で立ち向かうのが難しいほど大きな存在がバックに付いているらしい永現に

(永遠と現在が一緒になってるこのネーミングも意味深)

「湖に身を投げた」と言われる初代トミーと、そんな彼に対して

「湖を渡って向こう岸に辿りつきたい」という新生トミー。

表面は日の光を受けてキラキラ光り美しいけれども、その下には暗く冷たい水を湛えている湖を

自分の力で泳いで渡っていく決意を初代トミーに対し示しました。

真正面から「ずっと少年ハリウッドを続けて行きたい」という想いに向き合った

第17話のリフレインと、それを実現することの難しさ大変さを表しているようです。

おそらく「世間」の大きさ無慈悲さのメタファーでもある永現に

次回予告でも壁が待ち受けていることを明言され

ドラマとしてはもやもやのままだけど、少年ハリウッド第19話としては

これまでとこれからを見せられ、なんとなくまとまったような気にさせられてしまうのが凄い。

 

 

ドラマを見る新生メンバーという外の様子が描かれていたのも

「エアボーイズ」とは異なる点でした。

キラは一貫して余裕ある態度だったけど内面どうだったんだろうなあ。

嫉妬があったとしても今回のメインとは違うのであえて描かれなかったのか、

今後描かれることがあるのか、気になります。

そんな中で「お前また早くドラマ出ろよ!」と言っちゃえるマッキーいいやつよな…

それだけでいいのか、という感じもしないでもないけど(笑)