さわやかサバイバー

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ワンダーストラック

 トッド・ヘインズ監督による映画「ワンダーストラック」を見ました。1977年のミネソタに住む少年ベンと1927年ニュージャージーに住む少女ローズ、異なる時代に生きる二人の物語がニューヨークで交差していく、という物語。

  話の筋はシンプルで人によっては先が読めるかもしれません。しかしとても豊かな映画だと感じました。

 シンプルな理由は原作が児童向けの小説だからかもしれないし、主人公二人が耳が聞こえないということにあるのかもしれません。ベンは物語の序盤で落雷により聴覚を失い、ローズは生まれつき耳が聞こえません。事故まで耳が聞こえていたベンの場面では人々の会話や街の騒音が流れますが、生まれつき耳が聞こえないローズの場面はモノクロでサイレント映画のように感情や物音が音楽で表され、言葉によるやりとりはごくわずかです。それでもその音楽や表情、しぐさが伝えてくれるもののなんと豊かなことか。ローズと同じ聾者であるミリセント・シモンズさんは演劇経験はあるものの、映画は初出演ということにも驚かされました。どれだけ自分が言葉を尽くさなければ伝わらないと思い込んでいたかに気付かされたようでした。それはまるでよく見知ったものの中に違う世界を見つけたような衝撃でした。

 作品の根底にある「ワンダー」がとても私好みだったことも引き寄せられた要因でした。主人公二人はそれぞれパパを探したい、心の支えの女優に会いたい、という思いでほんの少しの手がかりだけで大都会ニューヨークへ向かいます。一人で長距離バスや船に乗り、ピンチを迎えながら善意や不思議な縁に助けられ乗りこえていく。子供の頃、自分と同じような子供が繰り広げる冒険譚にワクワクした思い出がよみがえってくるようでした。しかも二人の交点が博物館というのがまたいい。ベンが道中友達になったジェイミーに案内されるのが博物館の中の隠れ家!そして深夜の博物館探検!小さいころの、いや大人になってからも夢見るようなロマンに胸がたかまります。深夜の博物館は昼間とはまた違った面があり、そこでも見知ったものの中に違う世界を見たような気持ちになります。

 母が亡くなった後おばの家で暮らすベンも、厳しい父との折り合いが悪いローズも、主人公たちは居場所がないという苦しみを抱えています。ベンは母との思い出が詰まる家が取り壊されるらしいことを知り、サイレント映画で安らぎの面影を追っていたローズはトーキー映画の出現で他の人と分け隔てなく楽しめる場所がなくなることを知り、居場所を求めて飛び出します。そして行き着くのが不気味なものも素敵なものもこの世を去ったものも集められている博物館。世界につまはじきにされたと感じた主人公たちがたどりつくのが世界の縮図、もうひとつの世界とも言える博物館だというのが素敵で。おとぎ話のような奇跡も描かれますが、そこへたどりついたのはもともと主人公たちがそういったものへ引きつけられ、興味や喜びを感じる、つまりワンダーを持っていたからなんですね。そして最後まで見ればそのワンダーが二人をとりまく人たちにも満ちていたことがわかります。

 そしてそれが二人にこれまでにない世界を見せる。距離を越え時を越えて人を結びつけるワンダーの光に満ちた素敵な映画でした。