さわやかサバイバー

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昨夜のカレー、明日のパン ドラマ版感想

ドラマ「すいか」からの木皿泉ファンで、小説版読了済み人間によるドラマ版「昨夜のカレー、明日のパン」の感想です。2014年放送時のtwitterに上げた感想をまとめたものです。

 

第1話「台風とくす玉」

 今までの木皿ドラマのように1話ごとに区切りが来るのではなくて、続いていく感じになるのかな。だから今回だけで結論が出たり大きな起伏があったりするわけでもないのに、やっぱり面白いんだよなあ。

老いや汚れ、死んでしまった一樹にも重なる世界の暗い所を、無いものように過ごすことに憤るテツコ、散ってしまった、君を縛るものはないと言いながら、自分も一樹の名前の新聞の切り抜きを手放せないギフ。とぼけた展開の中に痛みを抱えて暮らす心情を丹念に描いた第1話でした。

ドラマ化に当たって変わったり付け加えられたりされてる所も多いんですね。一樹のおばの朝子さんは原作に居なかった人ですが、食べる事が大きな意味を持つこの作品で歯医者という職業なのがまた面白い。

原作を読んだ時はギフはもう少し枯れてるイメージでしたが、ドラマの鹿賀さんもチャーミングでした。テツコもイメージとは違うキャスティングだな、と思ったのに最初の一言で「わ、テツコだ」と感じました。

突拍子が無いくせに間が抜けた印象がある「くす玉」というアイテムが、人との関わりあいの中で素敵な贈り物になるとかもう大好き。

 

第2話「星と雪だるま」

 「まだ前に進みたくない」と思っているテツコとギフの言葉がムムムを動かし、テツコと同じ悲しみを引きずっているギフの「一樹が星になったと思えない」という捕らわれをひとつ解放する。 

「変わりたくない、前に進みたくない」と思っていても、次第に一樹を忘れていっているテツコ。それでも、そんな彼女自身の言葉がムムムと関わり合うことで、巡って「解放の呪文」となって彼女とギフに帰ってくる。

終わらないものも、変わらないものない。人は完全に分かりあえない。しかし、誰かの事を想い、関わりあっていくことで、それは巡って、時に思いがけない人であったり、自分を救ってくれることもある。木皿作品に触れると、よくそんなことを感じます。

一樹の愛用していた雪だるまの人形を飛行機に載せた所で、本当に一樹が星になった訳ではないし、空から見守ってくれる訳ではない。知っていながらも、そう感じることが救いとなることがある。「だからと言って、ないわけじゃない」に繋がるのか。

ムムムの元同僚のクロちゃんは、小説読んだ時はもっと柳原加奈子さんのコントみたいな喋り方かと想像していたんですが、あそこまでじゃなかったですね。

あと和正(小田家のお父さん)の存在感がまぶしいな!次回予告見ると山にまで行くつもりだったのか和正!小説にはいなかったくせに和正!

 

第3話「山とエレベーター」

 小説版では別エピソードとして書かれていた山ガールとムムムの話をこう繋げて来たか、と感動。ムムムの話はこれからも並行して描かれていくみたいですね。

木皿さんは人が人と関わっていくことをいつも肯定して描かれますね。駄目だったらやめたらいい、重さに潰されたら元も子もない、ともドラマの中で言われてますが。

重さが生きる実感となることもあると気付かされる人、相手の背負うものの重さをあらためて実感する人、人が人と共に生きるということを軸に描かれた第3話でした。いわゆる真っ当な家族ではなくても、みんな生死を共にする同士だという感覚はギフが今もテツコと共に生活してるからこそなんでしょうね。

今回ははしゃぐギフがとにかくかわいかった。小田家の飛ばしっぷりは和正だけではなくて奥さんもだった。楽しそうだなこの夫婦。

次回は幽霊話になる模様。小説には無かった話よね?木皿さんドラマで幽霊話入れるの好きだねえ。

 

第4話「幽霊と△」

 第3話の「何かを背負うこと」と同じように、無い方がいいと思ってしまう「傷」も、その人が生きている証で、その人の支えとなることもある、というお話。

痛みや辛さがあることも認めつつ、それでもそれは、その人が生きているからこそなのだ、とこれまでもくり返し描かれてきたテーマを、そうすることが叶わなくなった幽霊の側から、目線を変えて描いた回でもありました。

一樹の幽霊が本編で出て来た時「一樹エンディング要員じゃなくなった!」と単純に思ったのだけど、第4話でテツコが虎尾に「手放すことは裏切ることじゃない、生きる方を選ぶってこと」と言ったことや、それ以降一樹がエンディングに出てこない所を見ると、ターニングポイントであったのだなあと。

そして第4話で岩井さんが消えると分かっててもマジックで傷を描いてくれた、テツコの望んでいたものをくれたことが、第5話にも繋がっていくんですね。

第4話では魚をさばいて氷に血が落ちる、岩井さんが酒を飲みほしてグラスのコップの氷がアップになる、新しい氷を取りに行った先で一樹と話す、と氷関係の演出が気になりました。テツコの傷から流れる血を拭ってきれいにして、新しい道へ進ませるのが岩井さんってこと、なのかな。

 

第5話「カードと十手」

 第5話で岩井さんが女の子に渡したカードは本当の魔法のカードではないけど、彼がしたことは女の子を助けた。彼がその魔法の力を信じることができる人だということに、女の子もテツコも救われた。

ムムムが以前ギフに一樹の持っていた人形を飛行機に乗せ、一樹が空にいるのだと見せたことの相似形になっているように思います。でもあの時と違うのは「一樹の死の傷が癒えること」から「岩井さんを信じて共に進むこと」に比重が変わっていること。

テツコにとっては岩井さんが以前ギフが言った「解放の呪文」だったのかな。「人を縛り付ける呪い」「解放の呪文」「魔法のカード」同じイメージを持つ単語のラインでドラマを追っていくのも楽しいです。

あ、最後にもういっこ。「すいか」からの木皿泉ファンなので、十手をもつ片桐はいりさんが第5話で見れてうれしかったです。

 

第6話「蟻とオンナ」

  小説の冒頭の方で、自分にはこの場所しかないと思いこんでしまったら、ひどい目にあわされても、そこから逃げるという発想を持てないことをギフが呪いと言う場面がありました。それとは全く違う意味での「ここでしかない」「自分でなければならない」という言葉が出てきた回でした。

かつてそういう「呪い」で笑えなくなって退職したムムムが、今は自ら「その人じゃなきゃ駄目なものはある」と言い、意欲を持って「ここで街の一員になる」と言っている。前向きにその言葉を発しているのがうれしかった。この作品はいつも言葉の様々な面を見せてくれます。

実家から逃げてきた岩井さんのお兄さんは、かつてのムムムを思い起こさせる人として、かつてのムムムと今のムムムをつなげる人として出てきたんじゃないかな。

呪いとしての「そこしかない」は逃げられない場所だけど、かけがえのない「そこしかない」はいつでも自分が帰ることができる場所として心の拠り所になってくれる。

以前放送された木皿さんの「しあわせのカタチ」のドラマ部分では、街の家々の明かりを見ながら、その中にたったひとつ自分が帰る家があることを奇跡だという台詞がありました。

一樹を手放すことはテツコが今まで色んな人と話して、感じて、たくさん考えた結果なので、そこに至ったのは納得できるのですが、それでも最後、布団の中で静かに涙する姿を見て、その思いの深さをあらためて感じました。割り切れることばかりじゃないよね。

 テツコと一樹にとってお互いがかけがえのない、いつでも帰れる場所、心の拠り所だったんだもんな。そこしかない、は場所だけでなく、お互いの関係性の中にもある。

オンリーワン的意味がコメディ方面で出てきたのが例の書道教室の場面で、ギフの全然豪華じゃない「豪華」の字ってのがね。落差が酷いよね。あの書道教室、3回目の「焼肉」あたりからテーマがおかしくなってるよね。

酷いと言えば隣の小田さんの「野良犬ね」も酷かった。その野良犬は帰る場所もあるし待ってる人もいる野良犬だよ! 

 

 第7話「ご飯と銀杏」

 今までの積み重ねや新しい出会いで人が少しずつ変化していき、テツコは岩井さんとの結婚を決意する。今までと変わらず、変わっていくことを描いた最終回でした。

 ほんの少しだけおとぎ話的要素として一樹のそっくりさんが出てましたね。ここまででテツコの心境についてはしっかりと描かれて来たので、わざわざそっくりさんを出して後押しするのはちょっとだけ蛇足かなあとも感じたのですが、彼に「お幸せに」と言われる場面はグッと来てしまいました。

そっくりさんの書いてる言葉は今までの要所要所を象徴するような言葉で「そういうことあったなあ」とか思いながら見てたんですが関係ないのもよかったですね。「睡魔とは戦わない」とか「アボカドとサーモンでも癒せぬものがある」とか。

ギフの岩井さんがここで暮らせばその跡は残っていく、薄いセロファンを重ねるみたいにという台詞は、この前放送されたSWICHIインタビューの「生きていくそのプロセスが面白いんだと気付いた」という木皿さんの言葉を思い出しました。

ギフの、うかれたオッサンのやらかしみたいな出来事が、テツコに気を遣われて生きていく生活から逃げようとしたという意外と切実な思いから生まれたという結び付けが上手いですよね。技術的に上手いっていうよりも、情けないことも、喜劇的なことも、切実な思いも、全部ひっくるめてその人の生きていく側面なんだという視点がさすがっていうか。

いやしかし木皿さんのドラマで壁ドン祭りが見られるとは。乱発してたなー。

 

最後に少しだけ回想として出てきましたしたけど、小説の方でしか読めない一樹と夕子さんのエピソードも素敵なので読んでみて欲しいです。今回フォーカスが当てられた銀杏の木により思い入れが増しますよ。 

夕子さんにとってあの銀杏の木がある寺山家での「生活」はかけがえのないもので、(ギフがパチンコにはまっていた時はそれが失われていた)夕子さんが亡くなった時、一樹にとってもその「生活」が失われて荒れていたのが、テツコに再会した時、思い出せたんですよね。

だから一樹にとってテツコはかけがえのない、帰る場所となったんだなというのがよく分かるエピソードでした。夕子さんとギフのエピソードもキュンキュンできていいんですよ…

 

時に心配になるくらい地味だけど、沁みいる良さをブレることなく全7回、作ってくださってありがとうございました。面白かったです。あと毎回、深夜においしそうな数々の映像見せてくださってありがとうございましたお腹すきましたコノヤロウ。

 テツコが作っていたバタートーストバナナのせは個人的にハチミツかけない方が好きかな。バターのしょっぱさとバナナの甘さがちょうどいい感じでおいしかったです。これからもちょくちょく作るかも。