さわやかサバイバー

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新九郎、奔る! 第8集感想

新九郎、奔る!(ゆうきまさみ 小学館)の第8集感想です。

 

伯父上、伊勢貞親の死が告げられた第7集の最後。それを皮切りにするかのように世代交代が一気に進んでいきます。第1集から登場して読者に強烈な印象を残し、また歴史を動かしてきた人物が退場していく様子が、大きな流れが一回りしたんだなと感じました。

 

続きからネタバレ感想

新九郎、奔る!は貞親のおごりが引き起こしたできごとから始まりましたが、そうなるだけの影響力を彼が持っていたことの裏付けでもありました。キャラも強烈で、たびたび出たきたアオリ気味正面顔のインパクトは忘れられません。自分の身内にはほしくないけど物語の人物としては魅力的だった貞親が、完全に過去の人扱いで退場していくのは時の流れの無常さを感じました。というよりも、私の心にまだ存在が大きく残っているのに、法要は行事の一つとして済まされていき、一族のコネづくりの場くらいの意味しかないと描かれていたのがショックだったというか。確かに作中では何年も経っているし、それどころではないできごとが多く起こっているんですけれども。

 

細川勝元山名宗全の死はさすがに大きく取り扱われていましたが、それでも応仁の乱は治まらないんですね…ま、ままならねえ…!ビッグネームの二人ですら複雑に絡まってしまったうねりのなかでは駒の一つなのだと感じさせられます。

 

 

代替わりはまた関東の地でも。争っている二派のうち一派の内輪揉めというややこしい状況に加え、これまで新九郎とは直接関わりがなかったため、過去巻を読み返さないと経緯を思い出せなかったのですが、そこはさすがゆうき先生、ちゃんと読めはわかるよう、まとまって描かれていた他、会話中などにもさりげなく何度も触れられていました。上質なミステリの伏線みたい。そしてこういう散らばった描写を拾い集めて頭の中で繋げていくの私好きなんですわ。勝元殿結構初期から触れてたわ!とか、そういや母方のお祖父さんとも関連あったわ!と相関図ができていくのが楽しかったです。

 

 

そんな時の流れを感じるできごとが続く中、変わらぬ仲の良さが見られた姉弟再会はホッとしました。伊都の明るさは救われますねえ。新しい土地で新しい役目をしっかり果たし、以前とは違うたくましさを身に付けながらも、新九郎や今川義忠相手に軽妙に返すやりとりが懐かしくてうれしい。「伊都様はやっぱり伊都様だなあ…」太郎、それわかる。

 

「悪い人ではないし、むしろ魅力的なのにやっかい」な人間を描くの、ゆうき先生めちゃくちゃ上手いですよね。わかりやすい悪ではないけど、残念な行動を取ってしまったり、トラブルを引き起こしたりする。しかもそれは魅力であるその人の個性や性格から生まれているものだったりする。単純に一方向からの視点だけで判断はできないと思わせられる事例がたくさん出てきます。それが複雑極まりないこの時代のどの勢力にも引きつけられ、面白く読ませてくれるのだと思います。

 

第8集で特にそれを感じたのは今川義忠と範満のすれちがいでした。過去のエピソードではラテン系のノリの良さが強く印象に残っていた義忠ですが、そうか、別方向から見ると俺ルールで生きている話が通じない人でもあるんだな…伊都が良好な夫婦関係を築きながらも「どうせ人の話なんか聞いていませんから」って諦めているように言うのがなんかリアル…

 

その調子で暴走し続ける様子を、どうすんねんどこまで行くねん、とハラハラしながら見守ってたら最後の最後に急転直下!ええ!あなたもなの!?と歴史知らないゆえに声出てしまうくらい驚きました。

 

 

伊都との再会は第8集の心休まるポイントだっただけに、予告がつらいです…ついいつまでも僕らの姉上であってほしいと思ってしまうんですが、彼女は彼女の戦をしているんでしたね。戦なら心情とは裏腹に対立することもあるか…どうなっちゃうんだろう。