さわやかサバイバー

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新九郎、奔る! 第12集感想

新九郎、奔る!(ゆうきまさみ 小学館)の第12集感想です。

 

領地経営まじめにしてるし、お姉さん家の問題の交渉も立派にやってるし、事実だけども「独身、無職、借金アリ」の帯はさすがにかわいそうなのでは、と笑ってしまいました。 

 

続きからネタバレ感想

 

 弥次郎が元服しました!新九郎の留守中に!仕方なかったとはいえ新九郎かわいそうに…弥次郎を伊勢家に引き取るのを決めたのは新九郎ですし、少し親子的な面も含まれているような、普通の兄弟関係より強い結びつきがある感じでしたから元服の瞬間は見たかったでしょうね。思いを巡らす新九郎の背景に描かれた弥次郎の成長記録を見て私もジーンとしました。

新九郎は第一集の時点で十一歳でしかもしっかりしてたので、幼子だった弥次郎が大人になったのは感慨深いです。初登場時「のちに片腕となる」と書かれた紹介文に「このおちびちゃんが?」と信じられない思いでしたがそうなってくれましたね。いやでも人間関係の潤滑油としては最初から大活躍だったわ。

 

今後が楽しみな伊勢家と比べると将軍家も細川家もこれから中心となる世代が落ち着かない様子です。いつまでも義政が実権を離さないことにいらだちを募らせる義尚のグレっぷりはシャレにならないレベルになってきてるし、細川家では当主の誘拐騒動が。私は歴史を詳しく知らないままでこの作品を読んでいるのですが、この落ち着かない感じはこの後の時代の混乱を予感させるものなのかな、などと考えながら読んでいます。やっと応仁の乱が終わったっていうのにねえ…

多くの人間が利益や面子で動く中、誘拐されて捕われの身であるはずの細川政元がそれらとは違う魅力で事態を動かしたとうかがわせる描写に「ま、魔性…」とおののきました。一人だけ別次元じゃないですかあの子?

 

そう、いくら関東が敵と味方が通じ合い味方同士で牽制し合う複雑怪奇な状況に突入したとはいえ、結局みんな「自分とどれだけ仲がいいか、自分の面子をどれだけ立てたくれたかorつぶしたか」で動いているので思わず「人間って…」という気持ちになってしまいました。あいかわらず太田道灌は大活躍ですが、できる側ゆえに他の人間の機微にうとく、神経逆撫でポイントためていっているようなのが気になります。はたからみれば合理的でも自分が内部の人間だったらやっぱり腹立ちそうですもんね…これまでのメジャーな太田道灌像というのを知らないのですが、それでもこの作品の描きかたは独特なんだろうなと感じさせます。ユーモラスな外見で、実際自分の能力を楽しんで世を渡っている余裕がある魅力的な人物で、一方それが傲慢さにも繋がっている。読んでる自分もたまにイラっとしながらも、目が離せない感じです。

 

足利義政太田道灌もテンプレートのような嫌なキャラではなくて、立場や能力、状況などから「そうならざるを得ないよな」と納得できる現実感と厚みのある造形になっているのがとてもうまいなと思います。襲撃を受けて亡くなった足利義教の最期の様子から他人を信じ切れず自分でなんでも決めたがり、そのうえ意見をコロコロ変えてもとがめられない立場であったからこそ周囲を振り回しっぱなしの将軍になってしまったんだろうなとか、わざわざ関東まで出向いて他家の交渉をまとめてきたのに、ねぎらいのひとつももらえなければ自分でなんでもできる人ならもう勝手に動いてしまうだろうな、とか。読者側でそう補完できるだけのゆうき先生の情報の出し方がとても巧みなんですよね。

 

新九郎もまた自分の甥、龍王を今川家の後継ぎにするために譲状を偽造したことで変わっていきます。まっすぐな者同士、かつては通じ合うところも多かった範満との対話で裏を読もう読もうとしてしまうエピソードで変化を描いているのが面白い。損な性分と言えるくらいまっすぐな二人が好きだったので少し寂しくもあるのですが、新九郎の置かれた状況を考えると仕方ないと思えますし、自分に後ろ暗い点があるから相手を疑うようになるというのはリアルですよね。

新九郎が変化に自覚的であるのがまだ救われるところでしょうか。この変化を彼自身が受け入れていくのか、それともどこかで線引きをしてとどまるのか、そのあたりも大河的作品の見どころなので楽しみです。個人的には丁寧に積み重ねがされていれば非情になっていく展開でも「うわ~辛い!!」と言いながら楽しむタイプなので、どっちでもおいしいなと思ってます。でもこの作品は明るく楽しめる雰囲気のままでいてくれそうな気がします。願望入ってますが。

予告を見るに、続けて試される展開が来そうです。いまの新九郎はどちらの選択をしても苦しみそう。がんばれ…!