さわやかサバイバー

好きな作品の感想を書いています。カテゴリー一覧は50音順で並んでいます。

舟を編む アニメ版

舟を編むのアニメ版放送当時の感想ツイートをまとめたものです。

 

続きからどうぞ。

 第1話「茫洋」

第1話見ました。静かで穏やかだけれど饒舌な画面、心地よくしみわたっていく会話のテンポ、「少年ハリウッド」で好きだった空気感にまた出会えて黒柳監督始めZEXCSスタッフの皆さんにこんな作品作ってくれてありがとうと早くも言いたくなるような第1話でした。

脚本とか監督とかピンポイントで携わる人に注目することはこれまでもあったけど、スタッフ陣全体の名前見ながら興奮したのは初めての経験でした。少ハリで見覚えある方いっぱいでうれしい。

 

熱意を持った人がもどかしい気持ちを抱えて言葉にする一瞬の間、猫背ぎみの姿勢、目の前の人物の印象が変わっていくのを見て見開かれる目、ひととなりが掴めるような細かな仕草の数々も見ごたえありました。

繊細で敏感で、言葉をたくさん知っているからこそ、ひとつひとつの言葉の手前で立ち止まってしまう不器用さ、しかし的確な言葉を見つける感覚の鋭さと、違う面を持つ馬締を、リアル寄りな、振り幅の大きくない中で演じ分けられた櫻井さんも素晴らしかった。櫻井さんのああいう演技好きだな。

 

少ハリのカケルくん家の台所とかもそうだったけど、「ウワッこれ知ってる!」ってくらい異様に身近な生活感の背景美術はなんなのすごすぎるよ。船を編むで言うと馬締の部屋の布団ギリギリまで伸ばされた電気の紐とか大家さんの部屋のすりガラスが嵌ってる戸棚とか。袋ラーメンの存在感とか。ああいうのは美術のお仕事なんだろうかと色々見てたら、舟を編む美術監督されてる平間さんはコンレボにも携わってたらしく。あのポップな世界とは全然違うじゃんよ!すごいな…

 

 

第2話「逢着」

第2話見ました。第1話もそうでしたが、人物や場所、全てが実在していそうな、すぐ隣にありそうに感じさせられるすごい作品です。細やかな作画も闇雲に動かしているのではなく、この性格のこの人ならこういう動きをするだろうと納得できる重さを持った動きなのが好きです。

猫背で場に馴染めてない様子の馬締が目をキョロキョロさせる動き、
足を広げてどっかり座る荒木さんの大きめな動き、
まっすぐ座る松本先生の穏やかに筆を走らせる動き、
気配りできる西岡がお酌をしたり取り分けたりする動き、
クールな佐々木さんが会話を邪魔しないようお茶を置いていく動き。

動かしていない所でも、姿勢や会話の中にその人らしさは描かれていて、
さらにそれを積み重ねていくための動きなのが感動しました。

声優さんたちの演技も素晴らしくて、荒木さん役の金尾哲夫さんも松本先生役の麦人さんも他の作品でよく声を聞いているのに、真摯に一つのことに取り組んで来た荒木さんや松本先生という人の声だと感じさせられて、思わず背筋が伸びるようです。

それら全てがひとつとなり、部署移動した社員が新しい仕事場を知るという単純な筋が、辞書作成という仕事の意味やそれに掛ける先達の熱意を受け取り、戸惑いながらも自分にできること探し協力していこうとするドラマとなる肉付けになってると感じました。

 

第1話でも馬締の顔と月が重なる場面があったし、「月は変わらないように見えるのにねえ」という台詞や今回登場した香具矢の名前など、月もまた何かの意味合いを持つようですね。思考を導くよう照らしてくれる、変わらないようで変わっていく、言葉と重ね合わせてあるのかな?

恋というと素敵なものとして描かれることが多いイメージなんですが恋に落ちた第2話のタイトルが面倒事などあまりよくないものに出会うという意味らしい「逢着」なのも気になりました。今後の展開で分かってくるでしょうか。

 

あと今回も生活感あふれる小物や背景がすごすぎて…大家さんの黒電話のカバーと台座!壁にかかってる手書きタイプの住所録!重そうな扇風機!ごついテレビ!舞台は90年代らしいので、まだ地デジじゃないのね。よく知ってる(知っていそう)な風景を新鮮な気持ちで見させてくれる作品です。

 

 

第3話「恋」

第3話の感想から。とっさに上手い受け答えができず(意識してる相手ならなおさら)必要以上に落ち込み一人反省会を繰り返してしまうのも、得意分野となれば意欲的にグイグイ行けるのも、思い当たる節がありすぎて痛いほどでした。

また仕草や姿勢でそれらを伝えてくる力が強いのがこの作品の特徴で、幽霊のようにフラフラ危なっかしく通勤したかと思えば、仕事場に着けば背筋を伸ばしていきいきとしている馬締の姿に精神状態がよく表れてました。まーあれだけ分かりやすかったら何事かあったと感づかれるわねー。

 

そして今回も月が出てきました。言葉自体への情熱はあるけどコミュニケーションが苦手な馬締と、軽やかに言葉を操り人の関係を円滑にする力を持つ西岡。全く違うタイプの二人がお互いの能力を認め始め、仲間となっていく場面。同じものでも人によって見え方、捉え方が異なる、だけど今、2人を繋げ照らしてくれているもの、やはり言葉の象徴として月が輝いているように見えました。

あと、親しみを込めてふざける仕草で足を軽く蹴るっていうの、私は新鮮だったんですけど他の作品でもあるんでしょうか。前半の、肩に手を回したり背中叩いたりっていうのは「いかにも」な仕草で、これらはよく見るんですが、それとは違うリアルな感じで、より打ち解けた様子となっているなと思いました。

月と言えば香具矢も名前や出会いの場面等、月に関わりが深いのは明らかですが、これは彼女もまた言葉と同じく馬締が情熱を傾ける相手だということだからでしょうか。かぐや姫の物語を思い浮かべるとなんか先行きが心配になってきたりもするんですが…

馬締は言葉への情熱と能力を持ち辞書を作る人間として優秀だけど、一人で手を伸ばせる範囲では決して届かない広がりが完成のためには必要となってきます。ぎこちないけど、そのための人と関わり合おうとする一歩を素直に踏み出せる所もまたすごいな、いいなと感じました。

 

ところで本編だけでなく、じしょたんずのコーナーでまで深夜の飯テロしてきたよ!つらい!

 

 

第4話「漸進」

第4話見ました。馬締と関わるうち、辞書編集の仕事にも力を入れだしたけど、同時に彼ほどには情熱を持てないことを自分自身分かっている西岡の耳に飛び込んできた大渡海中止の噂。自分なりの強みでこの危機を救おうと多少強引な方法を取ってしまう焦りには共感できました。あいつみたいにはできないって思ってる所に俺なら何とかできるかも!って事態が転がり込んできたら、そりゃそうなっちゃうよなあ。

それでも疲れた表情してたり気持ちの切り替えを言いだしたり、彼女へ言っているようで自分に言い聞かせているような「俺はできるやつ」だとかでコンプレックスの根本の解決になってないのは感づいている様子が伝わってきました。

今回、西岡が見上げているのが前回馬締と共に見上げた月ではなくて、蛍光灯や自室の照明だったことも何かがずれていることの描写だったのでしょうか。

 

後半は馬締と香具矢の観覧車デート。タケさんナイスアシスト。ウインクしたがり(できてない)なのがチャーミングで最高。たゆまず動き続けていても遠くからでは止まっているように見える観覧車は世間には評価されにくい辞書作りのことも表していて、前半と繋げてあるのかもと思いました。

地味で結果がすぐに表れない探究の道を進む二人が、同じ姿勢を持つ相手を尊敬し近づいていくのは自然な流れだし、仕事の話という形で個人的な好意をそっと伝える所はキュンキュンしました。でも直接伝えるとなると手紙は白紙のままなのね…がんばれ…

 

 

第5話「揺蕩う」

第5話見ました。前回ラスト、白紙を前に唸っていた馬締はなんとか香具矢への恋文をしたため、逆に西岡は思いを言葉にできない状況になる。口(今伝えたいこと伝えるべきこと)足元(この先進む方向)のアップが多用され、迷う西岡の気持ちに焦点を当てた回となっていました。

コミュニケーション能力が高く、あれほど言葉を使って人間関係を滑らかにしてきた西岡の心情の変化はむしろ仕草に表れ、馬締の恋文を読むにつれ落ち着きなく動かしていた脚は止まり、ついには決意の瞬間は描かれないことで描かれるという具合。

今まで言葉を巧みに使っていただけに、言葉を飲み込む西岡にぐっときますよ…!自分がどんなに心配でも単刀直入には切り込まない恋人・麗美の気遣いもいじましくてね。いい娘つかまえたな西岡…クッション抱えてムームー言ってる所超カワイイしな。

馬締と西岡が初めて言葉を交わし、馬締が辞書編集部へ来るきっかけとなった公園で手紙に心打たれ彼と自分との違いを受け入れ、辞書編集部を去るこれからに向き合おうとする西岡の姿は健気ながらも寂しい。彼は自分の能力と個性で辞書編集部の一員となっていったし、私もそれをうれしく思っていたから。お前「ただいま」って言って帰ってくるし「おかえり」って迎えてもらえるのによう!

他の編集部員より外の人間と会う機会が多い西岡は執筆依頼をした大学教授の所で自分が呼び込んだ状況と向かい合うことになり、言葉を使い辞書編集部を、大渡海を守ろうとする。己の戦場で一人、仲間を守ろうと戦えるやつなんだよね…

最初の頃と比べると、西岡は本当の意味で辞書編集部の一員となっていたんだなあと感じるエピソードが、去らねばならないという時に描かれるというのはやはりどうにも切ない訳ですが、それをも乗り越えて進むのか、逆転はあるのか、これからを待ちたいと思います。

 

最初に口と足元について書きましたが、公園での西岡の背中も印象的でした。演出の藤井辰巳さんについて調べてみたら、少年ハリウッド第23話の演出やEDも担当されてて、この回もあの人の背中が印象的だったなあと思い出ししんみり。放送中は展開的にそれどころじゃなかったけどな!

 

 

第6話「共振」

第6話見ました。西岡の異動が明らかになり、唯一の正社員として臨まなければいけないこの先に不安を抱く馬締。そんな彼が立ち帰るのは言葉の詰まった自室の書庫であり、視界を開かせるのもまた言葉。言葉に関わらずにはいられない馬締の業(ごう)と業(わざ)が姿が描かれた回でした。

落ち込む時でさえ次々と類似した言葉を紡いでいくおかしさを挟みつつ、そんなどうしようもない業を背負った同士でもある香具矢の業(なりわい)を指し示す言葉を見て覚悟を決めていく様子が今回のタイトル「共振」とも繋がっていて、きれいな流れでした。

きれいといえば、出会った時、月から下りてきたような香具矢を「迎えに来た」馬締が、香具矢を「迎え入れる」構図もきれいでしたね。呼んでも来てくれないトラさんで振られたかもという状況をなぞりつつ、月の光が差した時の静かな期待感ったら。

 

異動を話した時の西岡の細かな表情の変化、演出が長屋誠志郎さんということもあって、少年ハリウッド第20話の秘めていた感情を露わにするマッキーの場面を思い出しました。どちらも表裏のなさそうな人が揺らぐ場面で、表情を追うこちらの感情も揺るがされる演出でした。

前回は西岡側から、いつの間にか辞書編集部の一員となっていた変化と、それでも踏み込めない部分、それを乗り越えた覚悟を描いた上で、辞書編集部からも本当に必要な戦力として認められていたことをさらっと出すのがなあ!そんな不意打ち揺らいじゃうよな…

そんな場面の後にあんな佐々木さんのお茶目が披露されていたとは。

呆然と作る場面と呆然と寝ころぶだけの食後が映されていた今回の食事シーンは、整理もつかない内に飲み込むしかないあの時の馬締の状況を表したものだったのでしょうか。色々けりが付いたような、むしろこれから始まるような、変化した関係がどう転んでいくのか楽しみです。

 

 

第7話「信頼」

第7話、かくして季節は巡り、出会った桜の季節を前にそれぞれの船出へ。西岡と馬締一人一人の覚悟を一話ずつじっくり描いた後の、互いの間で仕事を、志を引き継ぎ、託される様子を描いた回でした。

いなくなった後の辞書編集部のために西岡が作っていた執筆陣の情報ファイル、あれを作れるだけの情報網とコミュニケーション能力が西岡にはあり、彼の辞書編集部での最後の戦場となったのもその舞台でした。

権威を笠に着て言うこと聞かせようとする教授を相手に、情報を武器にプライドを付く鋭さで斬り込み自分の領域に引き込んでしまう。西岡にしかできない戦い方です。そして最後は自分たちの矜持を示し、真摯に辞書作りに取り組む馬締の領域へと橋渡しをして去る。この鮮やかなこと!

その戦いを馬締や辞書編集部の面々に見せない西岡を優しく受けとめる三好ちゃんの存在感もよかったなあ。何事か感づいていそうだけど、黙って西岡に任せる馬締の信頼と、直接は言わないけどこぼれ出る心情を見せられて受けとめられる恋人の信頼と。

それぞれとそういう信頼関係を結ぶことのできる西岡という人のひととなり、情の厚さがうかがえるようでした。元々そういう所はあったんでしょうが、馬締と関わり辞書編纂の仕事に熱意を持って取り組むように変わったからこその今の信頼、というこれまでの集大成のような描写でもあり。

2人が歩み寄った日に共に見上げていた月は今や窓の外から馬締一人を照らし、だけど彼を背中から見守っていてくれているというのも、切ないながらも温かくて。

 

一区切りとなり、さて次回はと公式サイトを見てみたら、えっ、そうなるの?エンドパートで見立てていた、というか遊ばれていた新しい眼鏡のご登場もあるんでしょうか。これからも楽しみです。

 

 

第8話「編む」

第8話見ました。第1話をなぞるようにしながら13年の時を経て変わった所、変わらない所が描かれていました。いよいよ大渡海を世に出す時が来るということと、それまでに13年もの時がかかったことに驚いたり感慨深く感じたりです。

疎まれてると思っていたのに実は能力は評価されてて、なのに自分のホームだと思っていたファッション誌の部署から異動になって、訳が分からなくなった岸辺が、言葉を見つけることで新たなホームの足場を手に入れるというのは、とてもこの作品らしい流れでした。

馬締と全く同じ答えだったのはちょいとストレートすぎるかなとも思いましたが、馬締ができなかった橋渡しを西岡がさりげなくしてくれる連係プレーは「いいコンビ」が続いているのを感じさせられてよかったですね。

岸辺は誰でもできると言っていましたが、整理整頓ができるのも辞書作りに向いた性格で、以前出たエスカレーターへ人の流れが整っていくのを眺めるのが好きという馬締と共通してるんですよね。馬締は上手く伝えられなかったけど、視聴者はニヤリとできる展開を踏まえて彼女自身が気付く流れになってる。

 

13年の時が流れたということで辞書編集部の面々も早雲荘の様子も変わらざるを得ない訳ですが、若かった人がいい感じに年齢を重ねているのをうれしく思う一方で、タケさんやトラさんがいないことが寂しくって。

と同時に、テレビが薄型になってたり、玄関先まで本があふれてたり、変化があったことを生活の手触りを感じさせるようなリアルさで描くのが本当に上手な作品だとも感じました。でも黒電話とカバーまだ愛用してるのもあの二人らしい。

私、みんなが持ってるバッグ見るのも好きなんですよね。垢抜けてたり、容量第一だったり、違いがどれもその人らしい。服装含め、バリエーションの変化を付けにくい会社勤めの人のファッションを自然な範囲で個性付けられてるなと思います。あ、結局馬締の眼鏡は変わってないのね。

 

 

第9話「血潮」

第9話見ました。前回辞書編集部での自分の足場を手に入れた岸辺。彼女が仕事や仕事仲間の理解を深め、一員となっていく様子が描かれると同時に、その周囲も世代交代が進んでいることを言葉ではなく、さりげなく絵で伝えてくるこの作品の相変わらずの上手さに唸った回でした。

馬締の言葉を補完し、岸辺の背中を押してくれた後の松本先生のしんみりとした顔や、第1話冒頭で荒木さんと松本先生が話していたのと同じ構図で話す西岡と馬締などは、来る者がいれば去る者がいるということを感じずにはいられません。

毅然とした態度で会議に臨んだかと思えば、友の前では以前と同じように猫背でああいうのは苦手と弱音を吐いていたり、蕎麦屋の馬締と西岡の場面は変わらぬ所、変わった所、過去や現在、未来の予感も含めて、この作品の全ての時間を思い起こさせるような場面でした。

女の子の持っていたマスコットを見て閃いていた様子からすると、西岡の秘策ってじしょたんずに繋がるものなのかな?

 

エアコンの操作パネルで季節の移ろいを表現する方法も面白かったですね。今回ほとんど社内だけで話進んでたもんな。その他にメインになってるのは早雲荘ぐらいだし、舞台にしても難なくやれそうなくらいこの作品移動範囲少ない。OPのラストカットもその2か所ですよね。

モチーフに使われてきた観覧車も乗せる人を変えながら、たゆまず動き続ける乗り物なんですよね。新しい人を迎え入れつつ、いよいよ一つの区切り、かと思いきや、その動きを止めかねないトラブルが。

時の流れを感じさせる描写が多かった今回、限りある時間の中で完璧を目指す難しさを感じると共に、そこに強い意志で挑んでいく馬締の姿勢も描かれました。彼や辞書編集部のその姿勢が報われることを願って次回を待ちたいと思います。

 

 

第10話「矜持」

総力戦という印象の第10話。今の辞書編集部には松本先生も西岡もいない、だけど共に大海渡を作り上げてきた全ての時間を仲間が背負い、アルバイトも含めて、いい辞書を作るため全精力を傾けている。最後のチェックが終わった時、思わずほうっと詰めていた息を吐き出すような回でした。

一人本に向き合っていた時期、辞書編集部の一員となり大渡海を作ってきた時間、いつでも馬締の人生は言葉の中にあり、自分と世界の橋渡しとなっている辞書に穴があっては世界が壊れかねないくらいと感じている。悪夢という形を取ることで彼の熱意の根源と今の重圧がよりダイレクトなイメージとして伝わった場面でした。

そんな馬締の強い想いに最初戸惑っていたアルバイトたちが手応えを掴み、仕事に本腰を入れるようになって、彼ら彼女らもまた辞書編集部の仲間となっていく様子を具体的なエピソードは入れずに空気やちょっとした会話、仕草だけで伝えてしまうのはすごかった。

確かにチェック作業を事細かに描いても地味になりそうだし、フィクションとして説得力ある面白さを伝えるのは難しいかもしれません。かといってスライドショーのようでは共感しにくい。リアルな世界を舞台としながらフィクションだからできる省略やイメージの使い方バランスが抜群に上手い作品です。

熱意が人に伝わりにくい馬締の側で、岸辺が元気づけたり西岡が差し入れしたりしてアルバイトと馬締を支えている様子も光っていました。2人の柔らかなフォローがあったからこの仕事はやり遂げられたのだと思います。荒木さんも肩もんだりしてあげてたけど、ちょっと委縮されてたしね。

 

差し入れを食べる、ラーメンをおごってもらう、仲間となった証として同じ場所で同じものを食べる描写を使うのは一貫してますね。今回は洗濯という衣食住の衣、寝袋という住も取り入れたことによって、短い時間の中で関係が築かれていく裏打ちがされていたように思います。

食事といえば久しぶりに早雲荘に戻って香具矢の朝ごはん食べる場面もよかった。馬締は表向きは重圧を感じている様子を出さずにひたすら仕事を続けていましたが、私は予想以上にあの食卓の場面でホッとして、結構息詰めて見守っていたんだと感じました。

大事な仕事の前にホームに帰り大切な人に「行ってきます」を言う。ベタな展開ですけど、私これ好きでね…!馬締にとっては辞書編集部はホームだし、作品としてそちらの描写が多くなるんだけど、早雲荘の香具矢の元もまたホームであるという、両方を大事にしてある描写がいいなと思います。

 

そんな中、Aパートの最後に松本先生がかつて話してくれた「言海」と病室で使っていたものと似たようなラジオ(かな?)が置いてある机がさりげなく映されるの、きゅってなりました。いないことで存在感がより際立つ的な…

元気になったらまた戻って来てほしいと話す荒木さんの言葉に、少し間をおいてうつむきながら返事をする奥さんの様子は松本先生の死が間近に迫っていることを匂わせてて切なくって。と同時に、仕事に打ち込んできた人生の最後だけでも、せめて家族の松本朋佑として過ごしてほしいという思いもあったのかもしれません。先生の仕事場には奥さんとの写真が飾ってあったし、夫婦仲良さそうなお二人なんですよね…もちろんこちらが勝手に想像しているだけかもしれないんですが、一瞬でそれだけのことを感じさせる見せ方がすごいなあと。

第1話でも映った松本先生の仕事場の観覧車、この作品ではたゆまず道を歩み続ける人たちを象徴するものだと感じていますが、それでも一つの区切りは来るようです。どんな風に描かれるのか、最終回も楽しみです。

 

 

最終話「灯」

最終話見ました。大渡海の完成と、もう一つの大きな節目を迎え、あらためて自分たちの仕事の意味を確かめ、しかしそこで歩みを止めることなく進んでゆく馬締たちの感情を拾い、信念が伝わるよう丁寧に描かれた、いつも通りの、いつも通り素晴らしい最終話でした。

 

舟を編むは原作小説があり、すでに映画化もされている作品、しかも辞書編集という地味な題材で、アニメで再び作られる意味があったかと言えば確かにあったと私は思います。時としてアニメだからできる幻想的な画を使いながら、抑制の効いたリアルにとても近い登場人物たちの仕草、たたずまい、声、多くの人の手によって形作られた確かな存在感を持つ辞書編集部の面々と11週という時間を積み重ねてきたからこそ、その人たちが作り上げたものの重さ、仕事を続けていく意志の強さをここまで感じられたのだと思いました。

道半ばで命が尽きるかもしれない途方もなく大きな仕事に向かう情熱、それを誰かが継いで行ってくれる希望、辞書編集に限らず様々な仕事に就く人々に対してのエールだと感じられたのは、登場人物たちの息遣いを感じるような身近さがあったからだと思います。

 

第1話を見た時に私は金尾哲夫さんや麦人さんが「荒木さん」「松本先生」のこれまでの人生を感じさせるような演技をされたことに感動しました。最終話でも、病で体が弱くなっていながらも信念とひたむきな澄み切った探究心が伝わってくる松本先生の言葉ひとつひとつが素晴らしかった。

仕事を続けることに少し弱気になる荒木さんや、それを受けて静かにだけどまっすぐ答える馬締も、世代が変わっていく、だけど信念は引き継がれていくということを肌触りとして感じさせてくれるような演技だったと思います。

身近さといえば、言葉に対して松本先生や馬締のようにのめり込めないと感じていた視聴者に近い立場の西岡が、営業という己の戦場で戦い続けた結果、彼もまた松本先生の後継者であり、大海渡を作り上げた一員として認められる流れがグッと来ました。

あとがきに西岡の名前を載せた馬締が、それを当たり前のこととして1㎜も疑問を持ってない様子がね…そんな馬締に西岡さんも松本先生に似てきたと言われたり、会議で先生と重なる演出がね…仕事も報われるしお妃さまとお姫様に囲まれる人生を、こちらが素直に祝福できるほど最高にカッコいい男だよ西岡…

 

この作品で人生や乗り越えていく多くの出来事の象徴として描かれていたような海が松本先生の自宅の近くにあり、馬締や荒木さんの姿の向こうに描かれていたのも印象的でした。きっと彼らはこれからも海や観覧車や月の光の側で仕事をしていくのでしょう。

誰もが時に迷い進んでいく人生という海の中を渡る舟を編み、明かりを灯すことを一生の仕事として背負う人たちがいる、その人たちを身近に感じることができるこの作品もまた灯のようでした。とても素敵な作品でした。