さわやかサバイバー

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ベスト・オブ・スパイダーマン

「ベスト・オブ・スパイダーマン」(ShoProBooks)を読みました。

へえ、映画で有名なエピソードの元になった話とかが入ってるんだー、「これがあの」という感慨はあるけど、絵や演出は素朴で、いま読んでもそんなに驚きはないな…とか思ってスンマセンでしたあ!
まさにベスト!本質的なよさは時代に左右されないんだよ…


私が強く感じたのは、名前こそスパイダーマンであるけど、人間ピーター・パーカーの話なんだなということ。親愛なる隣人、そう呼ばれる意味にあらためて気付かされました。

よかれと思った行動が裏目に出る。
正当な評価をしてもらえない。
何をやっても自分を嫌う人がいる。
やらなければいけないことをスマートにこなせなくて、キャパオーバーになり大切な人の信頼を損ねてしまう。

ヒーローでなくても人間だれしも経験するようなこと。しかもドラマティックな悲劇ではなく、他人に打ち明けるのも恥ずかしいくらいのしょっぱいやらかし。自分の体と心に地味にジワジワとダメージがたまっていくタイプの。

そのディティールがめちゃくちゃ上手いんですよね。ピーターはよく喋るんですが、わりとあけすけに愚痴を言ったり、切り替えようとして失敗したり、なげやりになったり、開き直ったりしてる。

 

自らヒーローやってても、きれいごとだけではすまない。疲れたり不条理な目に遭ったらそりゃそうなるよね、って親近感が持てます。この本のなかでも「もういいや」って一回ヒーロー活動投げ捨てるところまで行ってます。

そのおかげで勉強できるしメイおばさんとも過ごす時間が取れるしで、いいことづくし。読者としても普段の不遇さを知っているから「ヒーローに戻って!」と思うより、「もうそれでいいよ…ゆっくりしなよ…」と思ってしまう。

けれど最終的にピーターはスパイダーマンに戻ることを選ぶんですよね。それができるから彼はヒーローなんだなあ。でもこれを他人事と考えていては自己犠牲を強いるだけの無責任野郎になってしまう。そうなっちゃなんねえんだよな…

 


ディティールの上手さが爆発するのが最後のグリーン・ゴブリンの話。これ最後に持ってくる!?わかるけど、性格悪くない!?って思わず言いたくなるくらい、出来がいいだけに後に残る話です。もうねえ、しんどい。

簡単に経緯を説明すると、ピーターの親友だったハリー・オズボーンの父親、ノーマンはグリーン・ゴブリンとしてスパイダーマンと敵対し、死んでいます。自らのミスで死んだのですが、そのせいでハリーは友情と憎悪の板挟みになり、結果、自分もグリーン・ゴブリンになってしまう。

その後一度は妻子を持つまでになったようですが、ふたたびグリーン・ゴブリンとして舞い戻り、妻子に近づいたところにピーターがやってくる、というのがこのお話。
私がすごいと思ったのは、負の連鎖の話であり、DVの話でもあるところ。

 

一方的に妻子と義兄を拉致監禁して、君たちが大事だ、もう一度家族としてやりなおそうと言うグリーン・ゴブリン。義兄が咎めると「お前は俺たちを引き裂こうとしている!」とキレる。

あなたが父親に虐げられていたのは知っている、だからどうか子供にまで同じ思いをさせないでと理解を示す妻さえも「どうせお前は一族の血が入っていない他人だ」と拒絶する。
家族が大事と言いつつも、自分の意に沿わない人間はすべて敵と見なす身勝手さこそが、彼を怪物として感じさせてくるんです。

最大のしんどいポイントは、ハリーの息子にも引き継がれる予感が描かれていること。幼い息子は父親の帰還を単純によろこんでいて、お父さんが好きなあまり、彼の言動が正しいと思ってしまう。義兄や妻やピーターが必死に流れを止めようとしても、息子の心には響かないんですよ。

幼い、限られた経験の中ではそうなってしまうのかもしれない、というリアルさがすごいと思うと同時に、でもここはフィクションとして連鎖を断つ希望を描いてよ!という思いが同居しています。

 

結局この話でピーターはわかりやすい勝利を手にすることはできません。とりあえずこの場の悲劇を回避できたというくらい。それでも読んだ後にピーターへの愛おしさが募り、元気が出てくるのは、彼が負け戦が決まっているような状況でも、周囲の人を大事に思い、戦い続けるからなんですよね。

自分の意に沿わない人間を敵と見なすグリーン・ゴブリンとの対比でそれは際立つ。
ヒーローの力とは超常的なものではなく、精神性と、それが現れた行動だとよくわかります。
いやあ、いい本読んだ…