さわやかサバイバー

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新九郎、奔る! 第9集感想

新九郎、奔る!(ゆうきまさみ 小学館)の第9集感想です。

 

領地経営をないがしろにしていた親世代の尻ぬぐいの次は人生好き勝手駆け抜けた義理の兄の尻ぬぐいだよ!いや本当に新九郎大変…歴史ものでよくあるドラマチックな苦難の人生、というより、現代に生きる私たちにもなんとなくわかる親戚付き合いの面倒くささを背負っていて、偶像化されたヒーローというより身近に感じて応援したくなる主人公です。

 

続きからネタバレ感想

 

 新九郎が好意を持っていたように、真面目な小鹿殿は私も好きなのでこの展開は辛い…!お家騒動の発端が義忠に心酔していた小姓の勘違いであろうと、不幸な誤解を解いて収めようとするより、その出来事を自らの陣営にとって有利になるよう、どう利用していくかに間を置かずシフトしていく様子が争いのない世に生きる私たちと違う所だなと感じました。いや似たようなこと現代でもあるのかもしれないけど。

私欲がなく真面目な小鹿殿でさえ、その駆け引きの中に飛び込み、最終的には家督に名乗りを上げる。その流れが単に時代や周囲の空気に押されただけではなく、押された形で元からあった野心が出たのかもしれないと思えるのが興味深かったです。考えすぎかもしれませんが、重臣の説得にやたらスムーズに納得してるようだったので。

とはいえ、あんな状況でもできる限り冷静に礼儀正しく、国のためを思って行動し続けたことにはやっぱり好意を持たずにいられませんでした。いい人だよなー。姉上の気持ちもわかるけど、遠江にこだわる一派が中心になったらますますダメな方向へ行くのは私でもわかるので、あれ以上の形はなかったですよね。

 

 

対する新九郎もやっかいな案件を穏便に解決できるよう、腰を据えて臨む様子が読者にとっては成長を感じて頼もしかったです。しかし一方で家族の身の上を案じたり、姉上に結局押されたり、変わらぬ優しさもまたうれしかったり。ゴゴゴゴ姉上の圧、伊勢家+須磨様の血筋を感じて笑いました。

そんな姉上でもこの状況に心細さを覚えないわけがなく、新九郎にいざという時は味方になると約束を取り付けて「あんなことを言わせてしまった…」と悔いる場面、グッとその場の空気を感じるようなやりとりで印象に残りました。新九郎が幕府の役人として役目を果たそうとしていることは理解しつつ、家族の情を利用してしまったという後悔。物語の最初がホームドラマ風であったことを思えば、もはや素直にぶつけたり受け取ったり、情を交わすことが難しくなってしまった状況に時の流れを感じ寂しいところもありますが、こういう機微の描写がこの物語を遠い時代の物語ではなく、身近に感じさせてくれる理由なんだと思いました。

新九郎が子供たちのために遊び道具手作りしてあげるところもすごく好きです。義尚にはそれで気に入られたし、周囲もせっかくなので利用しろという空気でしたけど、そういう自分の得になるかどうかではなく、退屈している子供がいたら相手をしてあげる彼の性格、見てて温かい気持ちになります。

 

 

読者にとって好ましい誠実さだけでは歯が立たないのが小鹿殿に代わり交渉相手となる太田道灌。お菓子のパッケージみたいな顔して海千山千って、またまたそんなあ、となりそうなところが、読んでるうちに本当にスケールの大きい敵に見えてくるからすごい。手広い情報網を駆使し、相手の狙いを即座に見抜くやりとりから鋭さは伝わってくるんですが、あのまんまる目をスッと細めただけで何もかも見通しているように見える、ゆうき先生のデザイン力にも驚きます。そんな彼のすごさは認めるんですけど、探りを入れれば小賢しいと言われ、策を講じても不発で、やっと陣営をまとめた上で腹を割って話をまとめたと思えば「後ろ盾があったから相手してあげたんだからね」と言われればそりゃさすがに新九郎だって腹を立てますよ。わかる。

しかしこの出来事もまた新九郎が「自分の主は自分」と言うようになる道を作ったのかなと思いました。全くの想像で見当違いかもしれませんが、後ろ盾がなくても、自分の力だけで相手とやりあえるような身の立て方をしたいと思うようになる要因のひとつなのかもと。

 

 

相手の掌の上で踊らされたような形とはいえ、胃がきりきりするような交渉をまるまる1巻続けてやっと話がまとまって、読んでるこっちもやれやれと思っていたのにまだ終わらないんですかあ!やだもう姉上たち穏やかに暮らして…!